伊原六花の子役時代は本名「林沙耶」でミュージカルに挑んでいた!芸名「六花」に込められた意味とは

伊原六花の子役時代は本名「林沙耶」でミュージカルに挑んでいた!芸名「六花」に込められた意味とは

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「バブリーダンスの人」というイメージが先行しがちな伊原六花さんですが、実は芸能デビューの10年以上前から、本名「林沙耶」としてミュージカルの舞台に立ち続けていたことをご存知でしょうか。

劇団アークスで同じ役を3年連続で演じ、現代版組踊にも取り組んだ下積み時代——その積み重ねが、今の実力派女優・伊原六花を育てています。

子役時代の詳しいエピソードから、芸名「六花」の意味、スカウトの経緯まで、まとめてお伝えします。

この記事を読むとわかること
・伊原六花の子役時代(本名・ミュージカル活動・劇団アークス)の詳細
・芸名「六花」と本名「林沙耶」に込められた意味
・バブリーダンスからスカウト、女優デビューまでの経緯

伊原六花の子役時代:本名でミュージカルに挑んだ少女の軌跡

「バブリーダンス」の伊原六花さんには、芸能デビュー前から長い下積み時代がありました。

4歳のバレエ習得から始まり、子供ミュージカル・劇団・現代版組踊と、10年以上表現の世界に没頭してきた少女の軌跡を追います。

4歳からバレエを習いミュージカルに目覚めた原点

伊原六花さんが初めて「体で表現すること」に出会ったのは、まだ4歳のときでした。

親に連れられて始めたバレエがその入り口。踊ることの楽しさを肌で感じながら、幼い頃から表現することが自然と身に染みついていったそうです。

そしてミュージカルと出会ったのは、小学2年生のとき。友達の友達(先輩)が出演する舞台を観に行ったことが、ミュージカルへの興味の始まりだったと後のインタビューで話しています。

「周りの影響でダンスも、ミュージカルも、小さい頃から触れていました」

そう振り返る言葉からも分かる通り、伊原さんの表現の世界への入り口は、友人や家族といった「周りの人の影響」から開かれていきました。

……なんか、すごく自然でいい出発点ですよね。

誰かに強制されたわけでも、プロを目指してがむしゃらになったわけでもなく、身近な人のキラキラした姿に憧れて、気づいたら同じ舞台に立っていた——そんな純粋なモチベーションが、後の伊原六花という女優の土台になっていると思います。

4歳のバレエ習得と小学2年生での舞台体験が、表現者・伊原六花の原点となりました。

子供ミュージカルで磨いた歌とダンス(2008〜2012年)

小学2年生でミュージカルの魅力に気づいた伊原さんは、その後すぐに行動に移します。

2008年から2012年にかけて、子供ミュージカルでコーラスとダンスのレッスンを受け、実際に舞台に立つ経験を積んでいきました。

この時期の活動は、当時の本名「林沙耶(はやし さや)」名義で行われていたと言われています。今の芸名「伊原六花」はまだ存在せず、林沙耶という一人の少女が歌とダンスに明け暮れていた時代です。

レッスンを受けながら実際の舞台にも立つという、なかなか本格的な活動。小学生でそれをやっていたというのは、相当な情熱と環境があったからこそですよね。

初めてのミュージカル「青い鳥」で「僕」を演じた

この時期の伊原さんが特に印象に残っていると語るのが、ミュージカル「青い鳥」での経験です。

サン=テグジュペリの投影とも言われる「僕」という役を演じた伊原さんは、作中のある言葉が大好きだったと明かしています。

「大切なことは、目に見えない」

このセリフ。小学生がこれを舞台で体を通して届けていたと想像すると、読んでいてこちらまでじんわりしてきますよね。

その後の伊原さんの表現者としての姿勢——形ではなく中身、見えないものにこだわる丁寧さ——は、もしかしてこのセリフとの出会いも一つのきっかけなのかもしれません。

劇団アークスで演じたジョジョ姉役(2012〜2015年)

子供ミュージカルでの経験を経た伊原さんは、2012年に大きな転機を迎えます。

劇団アークス主催のミュージカル『ズボン船長〜Fifi & the Seven Seas〜』のオーディションに合格し、生徒役として初めて舞台に立ちました。

そして翌年の2013年からは、同作品でより重要な役を担うことになります。

「ジョジョ姉」という役を、なんと3年連続(2013〜2015年)で演じたのです。

出演作品 役名
2012年 ズボン船長〜Fifi & the Seven Seas〜 生徒役
2013年 ズボン船長(劇団アークス) ジョジョ姉
2014年 ズボン船長(劇団アークス) ジョジョ姉
2015年 ズボン船長(劇団アークス) ジョジョ姉

3年連続で同じ役を演じるというのは、単なる出演経験の積み重ねではありません。同じ役を繰り返すたびに発見がある、深まりがある——そういう経験が、後の女優・伊原六花の演技力の土台になっていったんだと思います。

この時期の活動も、本名の林沙耶名義での芸能活動とされており、「伊原六花」という名前は誰にも知られていない、まだ完全に無名の少女の時代です。

劇団アークスでの3年連続のジョジョ姉役が、役者としての継続的な鍛錬となりました。

現代版組踊「うどぃ」でさらなる表現を追求

劇団アークスでのミュージカル経験と並行して、伊原さんはさらに別の表現の世界にも飛び込んでいきます。

2015年から2017年にかけて、大阪狭山市の現代版組踊キジムナーの会「表現倶楽部うどぃ」に所属し、沖縄発祥の舞台芸能「現代版組踊」に取り組みました。

現代版組踊とは、沖縄の伝統芸能「組踊」を現代的に解釈・再構成した舞台芸術です。沖縄の歴史や物語を歌・踊り・台詞で表現するという、他のミュージカルとはまた違った芸術形式で、大阪の地でこれに取り組んでいたというのは非常に興味深い経歴です。

この時期は、ちょうど高校のダンス部の活動と重なっています。

登美丘高校のダンス部キャプテンとして猛練習を続けながら、現代版組踊にも真剣に向き合っていたわけですから、高校時代の伊原さんがいかに表現の世界に没頭していたかが伝わってきます。

ダンス・ミュージカル・伝統芸能と、ジャンルの壁を越えてさまざまな「身体で表現すること」を吸収していった時期——それが後の、枠に収まらない表現者・伊原六花を育てたとも言えるでしょう。

バブリーダンスが注目され芸能事務所にスカウトされるまで

子役時代から10年近く表現の世界で鍛錬を続けてきた伊原さんに、2017年、運命的な転機が訪れます。

大阪府立登美丘高等学校ダンス部のキャプテンとして、2017年8月に「日本高校ダンス部選手権」で披露した「バブリーダンス」が大きな注目を集め、さまざまなメディアで取り上げられるようになりました。

荻野目洋子さんのヒット曲「ダンシング・ヒーロー」をアレンジした、バブル時代の雰囲気全開のダンス。そのセンターで完璧なパフォーマンスを見せた伊原さんの存在は、一気に全国的に知られることになります。

大学進学を考えていたがスカウトで方針転換

当時の伊原さんは、高校卒業後に東京の大学へ進学し、そこでオーディションに挑戦したいと考えていたそうです。

「大学に行って、自分の力でデビューしよう」という計画を持っていたわけです。

しかしバブリーダンスでの注目を受け、高校在学中に芸能事務所「フォスター」からスカウトが来ます。2017年10月1日、伊原さんはフォスターに所属し、「伊原 六花」の芸名で本格的な芸能活動をスタートさせることになりました。

「大学でオーディションを受けるつもりだったのに、先に来た」——そんなタイミングでのスカウトだったわけです。

バブリーダンスの注目をきっかけに芸能事務所フォスターにスカウトされ、2017年10月から「伊原六花」として芸能活動が始まりました。

子役時代から抱いていたミュージカル女優という夢

伊原六花さんには、子役時代からずっと抱き続けてきた夢があります。

それが「ミュージカル女優」という夢です。

映画『グレイテスト・ショーマン』のヒュー・ジャックマンのように「歌って踊るエンターテイナー」になることを目標として掲げ、長年ダンスや歌のレッスンを積んできました。

2020年には、ブロードウェイ・ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー Season3』のオーディションに合格し、ヒロイン・マリア役を射止めています。

幼い頃からの夢だったミュージカルの舞台に初めて立てるはずだった——しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響で、全公演が中止になってしまいました。

……これは、本当に残念だったと思います。子役時代からずっと積み上げてきた夢の舞台が、全公演中止という形で幕を閉じることになったわけですから。

ただ、その後も伊原さんのミュージカルへの情熱は衰えることなく、舞台出演は続いています。2021年には「ロミオ&ジュリエット」でジュリエット役を演じ、「ミュージカル夜の女たち」「ダブリンの鐘つきカビ人間」など次々と舞台に立ち続けています。

目標とする女優として宮﨑あおいさんの名前を挙げ、「どんな役でも演じられる女優さんになりたい」と語る伊原さん。子役時代に抱いた夢が、確実に現実になっていると言えるでしょう。

子役時代から抱き続けたミュージカル女優の夢は、コロナ禍の困難を経ながらも現在進行形で叶い続けています。

伊原六花の子役時代を調べる人向けの関連情報

子役時代の経歴と合わせて、伊原さんの「名前の秘密」や「デビューまでの詳細」「家族のこと」なども気になる人が多いようです。

ここではそういった関連情報をまとめてご紹介します。

本名「林沙耶」と芸名「六花」に込められた意味

伊原六花という名前が芸名だということは、なんとなく知っている方も多いかもしれません。

では本名は何というのか。

伊原六花さんの本名は「林 沙耶(はやし さや)」さんです。

子役時代の活動はすべてこの本名名義で行われており、劇団アークスでの活動も、現代版組踊での活動も、林沙耶として行われていました。

高校1年生の途中まで本名で活動を続け、バブリーダンスでのスカウトをきっかけに「伊原六花」という芸名に切り替わります。

そして「六花」という芸名には、素敵な意味が込められています。

六花とは、実は「雪」の別名です。雪の結晶が六角形であることから、「六つの花」=六花と呼ばれています。

清楚で儚げな印象がある一方で、しっかりとした芯を持つ伊原さんのイメージにぴったりの芸名だと、多くのファンも感じているようです。

「伊原」という苗字の由来については特に公表されていませんが、本名の「林」とは異なる姓を芸名として使っていることから、事務所サイドが新たにつけた芸名だと考えられます。

ドラマ『チア☆ダン』で女優デビューした経緯

2017年10月に「伊原六花」として芸能活動を開始した伊原さんですが、初のドラマ出演まではさほど時間がかかりませんでした。

2018年7月から9月にかけて放送されたTBSドラマ『チア☆ダン』に出演し、女優として本格的なデビューを飾りました。

役どころは「麻生芙美」という人物。テレビドラマという大舞台に、芸能デビューからわずか約9ヶ月で立つことになったわけです。

それより前の2018年2月には、不動産ブランド「センチュリー21」の新イメージキャラクター「初代センチュリー21ガール」に選ばれ、CMデビューも果たしています。3月には東京ガールズコレクションのランウェイデビューも。

次々と新しい舞台に立ちながら、子役時代から積み上げてきた表現の経験が確実に活きていったのだろうと思います。

その後の活躍はご存知の通り。2019年には連続ドラマと映画に初主演、NHK朝ドラ「なつぞら」にも出演。2023年のNHK朝ドラ「ブギウギ」では秋山美月役を好演し、実力派女優としての地位を確立しています。

3姉妹の次女として育ち家族に支えられた幼少期

伊原六花さんは、3姉妹の次女として育ちました。

家族構成は父・母・2歳年上の姉・伊原さん・3歳年下の妹の5人家族です。

姉はすでに結婚されており、2人のお子さんがいるとのこと。妹とは年が近いこともあって、友達のような仲の良さで知られています。

また、ダンスを始めるきっかけの一つに「姉の影響」があったとも語られており、家族が表現の世界への第一歩を後押ししていたようです。

4歳からのバレエ、その後のミュージカル活動……長年にわたる習い事や舞台活動を続けられたのも、家族のサポートがあってこそだったのでしょう。

出身は大阪府大阪狭山市。2024年11月には、地元の大阪狭山市から「特命大使」に委嘱されており、地元との結びつきも強く感じさせます。

子役時代の伊原六花に対する世間の声

伊原六花さんの子役時代の経歴が明らかになったとき、ネット上でもさまざまな声が上がっていました。

「バブリーダンスだけの子だと思ってたけど、ちゃんとした下積みがあったんだね」という驚きの声や、「子役時代から10年以上努力してきた人なんだ」という称賛の声が多く見られます。

特に「本名の林沙耶名義で子役活動をしていた」という事実については、「知らなかった!」という反応が多く、伊原さんの意外な過去として話題になっていました。

また劇団アークスでのジョジョ姉役3年連続という経歴に対しては、「そういう地道な積み重ねが今の演技力に繋がっているんだな」という納得の声も多く寄せられています。

バブリーダンスのイメージが先行しがちな伊原さんですが、子役時代の地道な活動を知ることで、「なぜあんなに自然に演じられるのか」の答えが見えてくる気がしますよね。

まとめ:子役時代が今の伊原六花を形づくった

  • 本名は林 沙耶(はやし さや)。子役時代はこの本名名義で活動していた
  • 4歳からバレエを始め、体で表現することの楽しさを知った
  • 小学2年生のとき、友人の先輩の舞台を観てミュージカルに興味を持つ
  • 2008〜2012年にかけて子供ミュージカルでコーラスとダンスのレッスンを受ける
  • 初めて演じたミュージカル「青い鳥」で「僕」役を経験し、「大切なことは、目に見えない」のセリフを大切にしていた
  • 2012年、劇団アークス主催ミュージカル「ズボン船長」のオーディションに合格し生徒役で出演
  • 2013〜2015年の3年間、同作品でジョジョ姉役を連続して演じた
  • 2015〜2017年、大阪狭山市の現代版組踊「表現倶楽部うどぃ」に所属し沖縄の舞台芸能にも取り組む
  • 登美丘高校ダンス部のキャプテンとして活躍し、2017年8月のバブリーダンスが全国的な話題になった
  • 高校在学中にフォスターにスカウトされ、2017年10月に「伊原六花」として芸能デビュー
  • 芸名「六花」は雪の別名で、雪の結晶が六角形であることから「六つの花」を意味する
  • 2018年7月のドラマ「チア☆ダン」が女優デビュー作
  • 幼少期からの夢はミュージカル女優で、ヒュー・ジャックマンのような歌って踊るエンターテイナーを目指している
  • 3姉妹の次女として家族に支えられながら長年の表現活動を続けてきた
  • 2020年のWSS出演はコロナで全公演中止になるも、舞台への情熱は衰えずミュージカル出演を続けている

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