元衆議院議員の亀井静香さんが再婚していたこと、ご存じでしたか?
最初の奥さんとは警察官僚のころに別れていて、今の奥さんとはお見合いで再婚しています。
剛腕政治家のイメージとは少し違う、琴の師範の奥さんとの夫婦の話と、前の奥さんとの息子さんが語った離婚の話をまとめました。
・亀井静香さんの再婚相手の人物像と、お見合いでの出会い
・最初の妻と離婚した時期と、本人と息子さんが語った理由
・前妻との2人の息子と、今の妻との3人の子供のこと
亀井静香の再婚相手と前妻との離婚
亀井静香さんは、最初の妻と離婚したあとに再婚しています。今の奥さんがどんな人なのか、前の奥さんと何があったのかを、本人の対談や家族の証言をもとに順番に見ていきますね。
再婚した今の妻は琴の師範
結論からいうと、亀井静香さんは一度離婚していて、今の奥さんとは再婚です。
Wikipediaには「妻との間に3子」「離婚した前妻との間に2子」と書かれていて、本人も雑誌のインタビューで「再婚した今の奥さん」と話しています。
では、その今の奥さんはどんな人なのか。
本人の公式サイトに、週刊朝日(2006年1月27日号)の「夫婦の情景」という夫婦対談がそのまま載っていて、そこで亀井さんは「女房は琴の師範」と紹介しています。
いかにも剛腕政治家という感じの亀井さんの奥さんが、琴の先生というのはちょっと意外じゃないですか?
対談を読むと、奥さんはおとなしいだけの人ではなく、かなり芯の強い方だと分かります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 職業 | 琴の師範 |
| 名前・年齢 | 公表されていない(一般の方) |
| 子供 | 3人(2006年の時点で全員成人し、東京で暮らしている) |
| 地元での役割 | 亀井さんの地元・広島県庄原市で長く選挙区を守ってきた |
奥さんは一般の方なので、名前や顔写真は公表されていません。
今の奥さんは琴の師範で、亀井さんの選挙を地元で支えてきた人です。
奥さんの口ぐせは筋を通しなさい
対談の中で亀井さんは、奥さんがいつも「筋を通しなさい」と言うと話しています。
2005年に郵政民営化に反対して自民党を離れ、国民新党をつくったときも、奥さんは「やりなさい。こんな自民党、お父さんダメよ」と背中を押したそうです。
「どんな状況でもメソメソしないから助かりますね」と亀井さん。
偉くなってほしい、バッジを付けていてほしいとも言わない奥さんだそうで、……なんか、かっこいいですよね。
妻との馴れ初めは岩国の縁でお見合い
二人の出会いはお見合いでした。
亀井さんの話では、奥さんの琴の先生のご主人が山口県岩国の商工会議所の会長をしていて、その縁で見合いをすることになったそうです。
お見合いの場所は帝国ホテルの「なだ万」。
そこでソバを食べたそうで、亀井さんは横で「よく食うなあ」と感心して見ていたと笑って話しています。
奥さんのほうは「気に入られたいということもなかったから、自然体でしっかりお食事もいただきました」とさらり。
お見合いの席で遠慮せずにしっかり食べる奥さんと、それを面白がって見ている亀井さん。……この最初の場面だけで、二人のウマの合い方が見える気がします。
再婚相手とは、琴の先生の縁で持ち込まれたお見合いで出会っています。
再婚したのは政治家になる前
亀井さんは対談で「結婚して2年ぐらいですぐ選挙でしょ」と話しています。
初めて衆議院選挙に出たのは1979年なので、再婚したのは警察庁にいたころ、1970年代の後半だと考えられます(年ははっきり公表されていないので、本人の言葉からの逆算です)。
奥さんはあとから「警察官の女房になると思っていたのに、だまされた、だまされた」と言ったそうです。
警察官僚と結婚したつもりが、2年ほどで夫が「今日辞めるぞ。選挙に出る」と宣言して辞表を出してしまったわけですから、そう言いたくなる気持ちも分かりますよね。
新婚旅行は新宿からバスで富士山へ
結婚式や指輪の話は出てきませんが、新婚旅行の話は対談に残っています。
行き先は富士山の目の前にある「ホテルマウント富士」で、亀井さんは「新婚旅行のときは、新宿からバスで行ったなあ」と振り返っています。
そして2005年の春、およそ30年ぶりに二人で同じホテルを訪れたそうです。
亀井さんは「結婚記念日でもなんでもないけど、苦労かけたから……」と照れていたとのこと。
奥さんのほうは「なんの区切りでもないから、誘われたときも、あまりピンとこなかったですね」と笑っていて、このやりとりがまたいいんですよね。
亀井さんは「女房は、そのときよりちょっとキレイになったかな」とも話していて、読んでいてこちらまで笑顔になりました。
再婚から約30年たっても、新婚旅行の場所を二人で訪ね直すほどの仲だったことが分かります。
選挙区を妻に任せた夫婦生活
再婚してからの夫婦生活は、ほとんど離ればなれだったようです。
1979年の初めての選挙では、奥さんは「地元には親父とお袋がいるから、ちょっと留守番をしてればいい」くらいの話だと思っていたそうです。
ところが途中から「福山市のどこそこの団地を回れ」と言われるようになり、選挙運動の最前線に立つことになりました。
亀井さんによると、寒い朝に布団にくるまっていると、奥さんが布団をはぎ取って「朝起きるのが嫌だったら、選挙なんてやりなさんな!」と怒ったそうです。
泡沫候補といわれた亀井さんは、この選挙で最下位ながら当選しています。
地元はいまや女房のほうが長い
その後、亀井さんは東京での仕事が中心になり、選挙は最初の3回くらい以降、ずっと本人不在で奥さんが地元を守ってきたと話しています。
奥さんは「私が地元生まれで、主人が養子になったみたいな感じです」と言うほど、庄原に根を下ろしています。
食事を一緒にするのは年に2、3回あるかないかで、新党の立ち上げも電話で「こういうことになったから」と事後報告だったそうです。
それでも亀井さんは「結局、ウマが合うんでしょうね。いまは、政治的な盟友みたいになっちゃってるけどね」と話しています。
一緒にいる時間は少なくても、同じ方向を向いている夫婦、という感じですね。
週刊誌の報道で家族にもつらい思い
政治家の家族ならではの苦労もありました。
亀井さんは、本人いわく「ぜんぶ嘘っぱち」の記事を週刊誌に書かれ、電車の中吊り広告や新聞広告に出るたびに、家族につらい思いをさせたと話しています。
奥さんは、ダイエットしようとした矢先に記事が出ると、支持者に「心痛でやせた」と思われないようにまた食べて元に戻した、と笑い話にしていました。
笑って話していますが、当時はかなりしんどかったと思います。
今の妻との間に子供は3人
今の奥さんとの間には、子供が3人います。
2006年の対談の時点で3人とも成人して東京で暮らしていたそうで、奥さんが東京に出てくると、議員宿舎と子供たちのマンションを行き来して「掃除のおばさん状態ですよ」と話しています。
奥さんのお母さん(当時85歳過ぎ)も、上京して孫の世話を焼いてくれていたそうです。
亀井さん自身は「子どもとメシ食うのも年に数えるほど。一家団欒なんて、まずない」と話していて、忙しい政治家の家庭だったことがうかがえます。
子供たちの名前や職業は公表されていないので、この記事でも触れません。
再婚後の家族は、奥さんと子供3人の5人家族です。
前妻との離婚は息子が小学校に上がるころ
では、最初の奥さんとはなぜ別れたのか。
これについては、亀井さん本人の話と、前の奥さんとの間に生まれた息子さんの話の2つが残っています。
| 誰の話か | 出どころ | 内容 |
|---|---|---|
| 亀井静香さん本人 | 週刊現代(2010年2月6日号)のインタビュー。高校の同級生がWedge ONLINEの連載で紹介 | わがままだから、最初の奥さんには逃げられた |
| 前妻との息子さん | NEWSポストセブン(2013年5月2日)の取材 | 自宅に新聞記者が押しかける生活が嫌になり、母が兄と自分を連れて家を出た |
息子さんによると、離婚したのは息子さんが小学校に上がるのと同じころでした。
当時の亀井さんは警察官僚として浅間山荘事件などの大きな事件に関わっていて、家にはほとんどいなかったそうです。
そのかわり自宅には新聞記者が情報を求めて押しかけ、「奥さん、奥さん」とドアをノックする。
そんな毎日に疲れた前の奥さんが、2人の息子を連れて家を出た、という流れです。
夫はほとんど帰ってこないのに、家には記者が来る。……これはきつかったでしょうね。
亀井さんが「わがままだから」と自分のせいにしているのと、息子さんの話はぶつかるものではなく、同じ出来事を別の側から見た話だと思います。
前の奥さんとの離婚は、警察官僚として家を空けがちだった時期の生活の行き違いが原因として語られています。
離婚の時期は1970年代の半ばごろ
息子さんは2013年の取材時に44歳で、1996年に27歳だったと書かれています。
ここから逆算すると、息子さんが小学校に上がったのは1970年代の半ばごろになります(これは記事の年齢からの推測です)。
再婚が1979年の初出馬の2年ほど前だとすると、離婚からあまり間を置かずに今の奥さんとお見合いをしたことになりますね。
前妻との子供は息子2人
前の奥さんとの間の子供は、息子さん2人です。
離婚のあと、2人は母親に引き取られて育ち、名字も母方のものに変わりました。
亀井さんは雑誌のインタビューで、給料の半分を2人の子供の養育費として送っていたと話していて、「だから再婚した今の奥さんには苦労をかけた」とも語っています。
10年ぶりに再会した父と息子
息子さんは父親とは音信不通のまま育ち、テレビの政見放送で父が政治家になったことを知って、かえって嫌な気持ちになったそうです。
ところが、母親の体調が悪くなったことをきっかけに、10年ぶりに亀井さんと再会します。
距離を縮めるのに2年近くかかったそうですが、会えなかった10年分、男として教えたかったことを一生懸命話してくれる父の姿を見て、「ハートもある人なんだと気付きました」と話しています。
その後、息子さんは医師になりました。
高校2年生のときに父から言われた「自分や家族のためだけに生きたら空しいぞ」という言葉が、医師を目指すきっかけになったそうです。
離婚で一度は途切れた親子が、ちゃんとつながり直していたんですね。……なんか、じんわりしますよね。
前の奥さんとの息子さんとは、離婚から10年ほどたって関係を取り戻しています。
亀井静香の再婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、亀井静香さんの再婚について調べている人がいっしょに気にしている、家族や経歴、今の様子についてまとめます。
兄は元参議院議員の亀井郁夫
亀井静香さんの兄は、元参議院議員の亀井郁夫さん(1933年11月1日生まれ、2019年5月15日に亡くなっています)です。
郁夫さんは東京大学法学部に進んだ人で、国民新党では副代表を務めました。
静香さんは高校を自分から辞めたあと、東京にいた兄の郁夫さんを頼って上京しています。
兄弟は姉2人と兄1人で、静香さんは4人きょうだいの末っ子です。
上のお姉さんは、俳誌「茜」を主宰した俳人の出井知恵子さんです。
兄の郁夫さんも国会議員で、兄弟そろって政治家でした。
実家は広島県庄原市の兼業農家
亀井さんの実家は、広島県比婆郡山内北村(今の庄原市川北町)です。
父の素一さんは役場に勤めながら田んぼを耕し、夜なべで束木(たきぎの束)を作って売り、4人の子供を広島の学校へ出したそうです。
亀井さんは週刊ポストの取材に「親が寝ている姿を見たことがない」と話していて、苦労人の両親のもとで育ったことが分かります。
再婚した奥さんが長く暮らしてきたのも、この庄原の地元です。
大学は東京大学経済学部
亀井さんは都立大泉高校を卒業して、1956年に東京大学に入学し、経済学部を卒業しています。
大学時代は駒場寮で暮らし、銀座のキャバレーなどでアルバイトをしながら生活していた苦学生でした。
卒業後は別府化学工業(今の住友精化)を経て警察庁に入っています。
亀井亜紀子は娘ではない
同じ「亀井」という名字で、国民新党で一緒に行動していた亀井亜紀子さんを、亀井静香さんの娘だと思っている人もいるようです。
ですが、亀井亜紀子さんの父は元衆議院議員の亀井久興さんで、静香さんの娘ではありません。
亜紀子さんは旧津和野藩主の亀井家の出身です。
2人は2012年に国民新党をそろって離党し、その年の12月に「みどりの風」に合流するなど、政治の上で行動をともにしていました。
亀井亜紀子さんは親子ではなく、同じ党で活動した政治家仲間です。
現在は政界を引退して89歳
亀井さんは2017年10月5日、地元の広島県尾道市で「一緒にやっていく相棒が見つかりそうにない」と話して、第48回衆議院選挙に出ないことを表明し、政界を引退しました。
1979年の初当選から、引退まで連続で当選しています。
1936年11月1日生まれなので、2026年10月時点で89歳です。
引退後も、政局についての発言がたびたび報じられています。
再婚した奥さんについて、亀井さんが最近あらためて語った記事は見つかりませんでした。
亀井静香の再婚のまとめ
- 亀井静香は最初の妻と離婚し、その後に再婚している
- 再婚相手の今の妻は琴の師範で、一般人のため名前は公表されていない
- 妻の琴の先生の夫(岩国の商工会議所会長)の縁でお見合いをした
- お見合いの場所は帝国ホテルの「なだ万」だった
- 再婚は1979年の初出馬の2年ほど前とみられる
- 妻は「警察官の女房になると思っていたのに、だまされた」と言った
- 新婚旅行は新宿からバスで行った富士山のホテルマウント富士
- 2005年春、約30年ぶりに夫婦で同じホテルを訪れた
- 地元・庄原の選挙区は、最初の3回ほど以降は妻がほぼ守ってきた
- 妻の口ぐせは「筋を通しなさい」で、国民新党の結成も後押しした
- 今の妻との間に子供は3人いる
- 前妻との離婚は、前妻との息子が小学校に上がるころだった
- 前妻との子供は息子2人で、給料の半分を養育費に送っていたと本人が話した
- 前妻との息子とは10年ほどたって再会し、関係を取り戻した
- 兄は元参議院議員の亀井郁夫で、2017年に政界を引退し2026年10月時点で89歳


