アニメ『NANA』のトラネス、レイラの歌声として記憶に残っているオリビアさん。
「A Little Pain」も「Wish」も今なお聴かれ続けているのに、歌っている本人の姿はいつのまにか見えなくなっていました。
調べてみると、オリビアさんは2026年に14年ぶりの動きを見せていて、その空白の理由もはっきりしていました。
・オリビアの現在の活動と、2026年に起きた14年ぶりの出来事
・音楽業界から離れていた本当の理由と、いま暮らしている場所
・沖縄でのデビューから『NANA』のレイラ役までの歩み
オリビアの現在は14年ぶりの音楽活動再開
まず結論から書きます。オリビアさんは2026年3月、14年ぶりに音楽活動を再開しました。
引退したわけでも、消えたわけでもありません。家族との時間のために表舞台から距離を置いていた、というのが実際のところです。順番に見ていきます。
2026年3月18日に「Wish -Reimagined-」で活動を再開した
オリビアさんの現在を示すいちばん新しい記録が、2026年3月18日の配信リリースです。
リリースされたのは「Wish -Reimagined-」。アニメ『NANA』の2ndオープニングテーマだった「Wish」を、本人があらためて歌い直したセルフカバーです。
音楽メディアはこれを「14年ぶりの音楽活動再開」と報じました。ウィキペディアの活動期間の表記も、それまでの「1996年 – 2012年」に「2026年 -」が書き足されています。
20年前の曲を再開の1曲目に選んだこと自体が、レイラという役柄が本人にとってどれだけ大きかったかを物語っています。
再開のきっかけは原曲の共作者との再会だった
なぜこのタイミングだったのか。
「Wish -Reimagined-」のアレンジを手がけたのは rui(fade)さん。2006年のオリジナル版「Wish」を共作した、まさにその人です。
海外の音楽メディアは、活動再開のきっかけをこの rui さんとの近年の再会だったと伝えています。
事務所が用意した復帰企画というより、当時の作り手と再びつながったところから自然に動き出した。そういう再開のかたちでした。
現在の拠点はアメリカと東京の二拠点
気になるのは、いまどこで暮らしているのかという点でしょう。
オリビアさんは活動を離れたあと、東京からアメリカへ生活の拠点を移しています。移住先はカリフォルニア州サンフランシスコと伝えられています。
本人のインスタグラムのプロフィール欄には、拠点として「San Francisco and Tokyo」と記されています。完全に日本を離れたわけではなく、二拠点で動いている状態です。
肩書きの欄は「Musician/ミュージシャン/Multidisciplinary Artist(多分野で活動するアーティスト)」。音楽だけに絞らない書き方をしているのが、いまの立ち位置をよく表しています。
公式サイトでは新曲の制作も進んでいると明かしている
再開はセルフカバー1曲で終わりではありません。
公式サイトの自己紹介では、長い休止を経て音楽活動に戻ったこと、そして「Wish Reimagined」と並行して新しい楽曲の制作を進めていることが書かれています。
海外メディアも、セルフカバーのあとにオリジナルの新作が続く予定だと報じました。
自身の音楽性については、初期のJ-POPからインディー・エレクトロニックへと変化してきたと説明しています。かつての「A Little Pain」の路線がそのまま戻ってくるとは限りません。
2019年にはアパレルブランドを立ち上げていた
音楽が止まっていた期間も、何もしていなかったわけではありませんでした。
2019年11月、オリビアさんはエコフレンドリーをうたうアパレルブランド「We Are Brave Spirits Apparel」を立ち上げています。
もともと衣装やアートワークに強いこだわりを持っていた人です。歌以外の表現に軸足を移していた時期があった、と考えると腑に落ちます。
「Multidisciplinary Artist」という自己紹介は、この時期の活動があってこそのものでしょう。
2022年には沖縄のステージにD&Dとして立っていた
人前で歌う機会が完全に途切れていたかというと、それも違います。
2022年10月、地元・沖縄で開かれた沖縄アクターズスクールの大復活祭に、デビュー当時のユニットD&DのメンバーとしてCHIKANOさんとともに出演しています。
14年ぶりと言われる「音楽活動再開」は、あくまで音源リリースを軸にした数え方です。ステージそのものは、この年に一度だけ戻っていました。
オリビアが表舞台から離れた理由と歌手としての歩み
ここからは、多くの人が引っかかっている「なぜ消えたのか」という部分を見ていきます。
結論を先に書くと、理由はスキャンダルでも不調でもありません。結婚と出産です。
2012年の結婚を機に音楽業界から離れた
空白のはじまりは2012年でした。
この年、オリビアさんはミュージシャンのオーウェン・ヴァリスさんと結婚しています。そして同じ2012年を最後に、音楽活動の記録が途切れます。
海外メディアは、結婚と第一子の誕生をきっかけに音楽業界から身を引き、サンフランシスコへ移り住んだと伝えています。
引退会見も、活動休止の発表もありませんでした。だからこそ「急に消えた」という印象だけが残ったのだと思います。
2014年に第一子を出産し子育てに専念していた
離れていた期間、何をしていたのか。
2013年10月に妊娠を公表し、2014年1月13日に第一子となる男児を出産しています。
公式サイトの紹介文にも、家族を育てるために長期の活動休止をとったとはっきり書かれています。
2014年生まれのお子さんは、2026年には小学校高学年にあたる年齢です。活動再開のタイミングが、子育ての一段落と重なって見えるのは偶然ではないのかもしれません。
実は2004年にも約2年の休養期間があった
長い空白は、今回が初めてではありませんでした。
2004年にアルバム『The Lost Lolli』を発売したあと、オリビアさんは約2年間の休養に入っています。
そして、その充電期間を経て戻ってきた場所が、2006年のアニメ『NANA』でした。休んだあとに代表作が生まれている、という前例がある人なのです。
1996年にD&Dでデビューし1999年にソロへ
ここで経歴を整理しておきます。
オリビアさんのデビューは1996年。沖縄アクターズスクール出身のユニット、D&Dのメンバーとしてでした。
その後1999年に、シングル「I.L.Y. 〜欲望〜」でソロデビュー。2001年以降は自身で楽曲制作にも携わるようになり、シンガーソングライターとしての色を強めていきます。
与えられた曲を歌う人から、自分の世界を作る人へ。この変化が、のちの独特な作品世界につながっていきました。
2006年に『NANA』のレイラ役でブレイクした
名前が一気に広まったのは2006年です。
アニメ『NANA』で、劇中バンド・トラネス(TRAPNEST)のボーカル、レイラの歌唱を担当。名義は「OLIVIA inspi’ REIRA (TRAPNEST)」でした。
この名義で発表された「A Little Pain」と「Wish」は、作品を離れて単独で聴かれ続ける曲になりました。オリビアさんの名前を検索する人の多くが、いまもここを入り口にしています。
本人も、『NANA』との出会いが人生を大きく変えたと語っています。
沖縄那覇市出身で父はアメリカ人という生い立ち
基本のプロフィールも押さえておきます。
オリビアさんは1979年12月9日生まれ、沖縄県那覇市の出身です。2026年で46歳になります。身長は153cm、血液型はA型。
父がアメリカ人、母が日本人。幼いころは父の仕事の都合でペンシルベニア州フィラデルフィアやサンディエゴなどアメリカで過ごし、その後沖縄に戻っています。
大人になってからアメリカへ移り住んだのも、本人にとっては馴染みのある場所への移動だったわけです。
弟と妹もミュージシャンという音楽一家
意外に知られていないのが、家族のことです。
弟の Jeff Lufkin さん、妹の Caroline Lufkin さんも、ともにミュージシャンとして活動しています。
妹の Caroline さんは、ポストロックグループのマイス・パレードに参加しています。姉妹そろって、いわゆるメジャーな売れ線とは違う場所で音を鳴らしてきました。
オリビアさんの音楽が独特の質感を持っているのは、この家庭の空気と無関係ではなさそうです。
オリビアの現在まとめ
最後に、ここまでの内容をまとめます。
オリビアさんは2026年3月18日、『NANA』の「Wish」のセルフカバー「Wish -Reimagined-」で14年ぶりに音楽活動を再開しました。アレンジは原曲の共作者 rui(fade)さんで、再開のきっかけも彼との再会だったと伝えられています。
姿が見えなくなっていたのは、2012年の結婚と2014年の出産を機にサンフランシスコへ移り、子育てに専念していたためです。引退の発表があったわけではありません。
現在はサンフランシスコと東京の二拠点で、ミュージシャン兼アーティストとして活動中。セルフカバーに続くオリジナル新曲の制作も進んでいます。
レイラの歌声をもう一度、というファンの願いは、20年越しで叶いはじめたところです。


