二木てるみさんに娘さんがいるのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
3歳で劇団若草に入り、16歳で『赤ひげ』のブルーリボン賞を受けた名女優ですが、子供のことは意外なほど表に出ていません。
調べてみると、ネット上の子供の話は2つの説が食い違っていて、実は本人が語ってきた「娘」の話はまったく別のものでした。
・二木てるみさんの娘や子供について公表されている範囲
・ネットで出回る「一女」説と「息子」説が食い違う点
・1973年の結婚と元夫・岩崎信忠さん、両親とのエピソード
二木てるみの娘はいる?子供について公表されている範囲
二木てるみさんに娘さんがいるのかどうか、気になって調べた方も多いですよね。
ここでは本人や事務所が明らかにしている範囲と、ネット上で出回っている説を分けて整理していきます。
娘や息子の存在は本人から公表されていない
まず結論からお伝えすると、二木てるみさんに娘さんがいるかどうかは、本人からも事務所からも公表されていません。
Wikipediaの人物欄を見ても、配偶者は「なし(離婚歴あり)」と書かれているだけで、子供の記載はありません。
オリコンや映画.com、出演イベント「せんくら(仙台クラシックフェスティバル)」の公式プロフィールも同じで、家族の欄そのものがないんですよね。
実際にGoogleで「二木てるみ 娘」と検索しても、検索結果の上に出る要約には娘がいるという公的な情報は確認されていないという趣旨の説明が出てきます。
3歳から芸能の世界にいる方なので、私生活も知られていそうに思えますが、実はそうではありません。
子供に関しては、一度も表に出していないと言ってよさそうです。
| 情報源 | 子供についての記載 |
|---|---|
| Wikipedia | 記載なし(配偶者は「なし(離婚歴あり)」) |
| オリコン プロフィール | 記載なし |
| せんくら 公式プロフィール | 記載なし |
| 補聴器NEXT 本人インタビュー(2017年) | 両親の話のみで、子供への言及なし |
ネットで出回る「一女」説と「息子」説
公表はされていない一方で、ネット上では子供について2つの説が出回っています。
1つは、娘さんが1人いるという説です。
もう1つは、子供は2人いて、息子さんが大学生のころに離婚したという説です。
ただ、どちらも出どころが書かれておらず、本人の発言や報道にたどり着くことはできませんでした。
まとめサイトの中には、両方の情報があってどちらが本当か分からない、と正直に書いているところもあります。
同じ人物について「娘1人」と「子供2人で息子あり」が並んでいるわけですから、少なくとも片方は正しくないことになりますよね。
さらに言うと、息子説を載せているサイトは元夫の名前を「二木まこと」としていて、Wikipediaにある「岩崎信忠」と食い違っています。
名前の時点でずれている情報なので、子供の人数や離婚の時期についても、そのまま信じるのは難しいというのが正直なところです。
1973年の結婚と元夫・岩崎信忠
子供の話を考えるうえで、確かめられる事実もあります。
Wikipediaによると、二木てるみさんは1973年に結婚しています。
子役時代から所属していた劇団若草にマネジメントを任せていたのが、この結婚の直前までだったそうです。
お相手は俳優の岩崎信忠さんで、現在は離婚しています。
1949年生まれの二木てるみさんにとって、1973年は24歳前後の年ですね。
離婚の時期はいつなのか
離婚した年については、公式な情報が見つかりませんでした。
前の見出しで触れた「息子さんが大学生のころ」という説がそのまま離婚の時期として語られていますが、裏付けはありません。
仮に1970年代半ばに子供が生まれていたとすると、大学生になるのは1990年代になります。
ただ、これは結婚の年から逆算しただけの見立てで、子供がいること自体が確認できていない点には注意してください。
確かなのは「1973年に結婚し、今は離婚している」という2点だけです。
子供の噂が出回りやすい理由を考えてみる
では、なぜ公表されていない子供の話がこれほど検索されているのでしょうか。
いくつか理由が考えられます。
1つ目は、結婚歴と離婚歴がはっきりしていることです。
結婚していた期間がある以上、「子供はいるの?」と気になるのは自然な流れですよね。
2つ目は、ドラマで母親役を多く演じてきたことです。
『3年B組金八先生』第4シリーズでは生徒・賢治の母を演じるなど、お母さんのイメージが強い女優さんでもあります。
3つ目は、関連する質問として「二木てるみの夫は誰?」が一緒に出てくることで、家族全体への関心が高まっていることです。
噂が多いのは、情報があるからではなく、むしろ本人が語っていないからだと私は考えています。
本人が家族について語ってきたのは両親の話
二木てるみさんは、家族の話をまったくしない方というわけではありません。
2017年に補聴器の情報サイト「補聴器NEXT」の取材を受けたときは、お母さんとお父さんのことをかなり詳しく話しています。
ところがこの取材の中でも、自分の子供の話は一度も出てきません。
語られているのは「娘」としての二木てるみさんの姿なんですよね。
家族について話す場面があっても、そこに子供が登場しないというのは、それだけ私生活の線引きをしっかりしているのかもしれません。
公の場で語られてきた家族は、両親と元夫までというのが現状です。
二木てるみの娘を調べる人向けの関連情報
ここからは、娘さんと一緒によく検索されている家族や現在の活動について紹介します。
元夫や両親、そして今の二木てるみさんの姿も見ていきましょう。
元夫・岩崎信忠はどんな俳優?
元夫の岩崎信忠さんは、Wikipediaで二木てるみさんの元夫として名前が挙がっている俳優さんです。
ただ、映画データベースのKINENOTEには人物ページがあるものの、生年月日や出身地は空欄のままでした。
公的なデータベースで確認できるプロフィールがほとんどない俳優さんなんです。
まとめサイトの中には1943年生まれで吹き替えを中心に活動したと書いているところもありますが、ほかで確かめることはできませんでした。
元夫の人物像も、子供と同じく表にはほとんど出ていないと言えます。
父親は劇団若草で事務をしていた
二木てるみさんが芸能の道に入ったきっかけには、ご両親が関わっています。
Wikipediaによると、1953年に3歳で劇団若草に入団したのは、周りに同じ年ごろの子供が少ない環境を両親が心配したからだそうです。
お父さんはその劇団若草で事務の仕事をしていました。
遊び相手がいないことを気にかけて劇団に入れたら、そこから『七人の侍』『警察日記』へとつながっていったわけです。
……なんか、いいですよね、こういう始まり方。
お父さんは補聴器NEXTの取材の前年の暮れに、突然亡くなったと本人が書いています。
母親の補聴器を探し出した娘としての顔
お母さんは若いころに中耳炎をこじらせたことが原因で、耳が聞こえにくくなっていたそうです。
20年近く前からお父さんに付き添われて地元の補聴器専門店に通っていましたが、お父さんが亡くなってからは補聴器が調整されないままになっていました。
そこで二木てるみさんが、うろ覚えの記憶を頼りにそのお店を探し当てたんです。
店主がお母さんの古いデータをきちんと保存していたことに、本人もかなり驚いたと話しています。
学生のころは、話しかけてもすぐに返事をしないお母さんにイライラしていた、と正直に振り返っているのも印象的でした。
今では感度のよい補聴器になって、二木てるみさんとの会話もテレビの音もよく聞こえるようになったそうです。
読んでいてこちらまで温かくなりました。
「娘」というキーワードで見えてくる二木てるみさんの姿は、お母さんを支える娘としての顔なのかもしれません。
現在は朗読と大学での指導
二木てるみさんは今も女優として活動しながら、朗読を大切な仕事にしています。
2000年から「語り」をライフワークとしてステージに立ち、2002年からは立教女学院短期大学で学生の指導に携わってきました。
現在は同短大の客員教授で、所属事務所はサンプロモーションです。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1953年 | 3歳で劇団若草に入団 |
| 1954年 | 『七人の侍』に村の子供として参加 |
| 1965年 | 『赤ひげ』で16歳にしてブルーリボン賞助演女優賞(史上最年少) |
| 1973年 | 結婚(のちに離婚) |
| 2000年 | 語り(朗読)をライフワークに |
| 2002年 | 立教女学院短期大学で学生指導を開始 |
2024年1月には、長野県軽井沢町の追分宿郷土館で林芙美子の『風琴と魚の町』を朗読しています。
70代になっても舞台に立ち続けているのは、本当にすごいことですよね。
渡る世間は鬼ばかりにも出演していた
ドラマ好きの方には、『渡る世間は鬼ばかり』で見かけたという方もいるかもしれません。
Wikipediaの出演歴によると、二木てるみさんは第7シリーズ(2004年〜2005年、TBS)に出演しています。
ほかにも連続テレビ小説『マー姉ちゃん』や『どんど晴れ』、大河ドラマ『義経』など、長く第一線のドラマに出てきました。
『赤ひげ』の少女・おとよから、母親役まで演じてきた幅の広さが、二木てるみさんの代表作の多さにつながっています。
二木てるみの娘のまとめ
- 二木てるみに娘がいるかどうかは本人・事務所から公表されていない
- Wikipediaの配偶者欄は「なし(離婚歴あり)」で子供の記載はない
- オリコンやせんくらの公式プロフィールにも家族の記載はない
- ネットでは「娘が1人いる」という説が出回っている
- 「子供は2人で息子が大学生のころに離婚した」という説もある
- 2つの説は内容が食い違っており、どちらも出どころは不明
- 息子説のサイトは元夫の名前もWikipediaと異なる
- 1973年に結婚したことはWikipediaで確認できる
- 元夫は俳優の岩崎信忠で、現在は離婚している
- 離婚の時期は公式には明らかになっていない
- 2017年の補聴器NEXTの取材では両親の話をしたが子供には触れていない
- 3歳で劇団若草に入ったのは同年代の子供が少ない環境を両親が心配したため
- 父は劇団若草で事務をしていた
- 母の補聴器店を探し当て、娘として母を支えていた
- 現在は朗読をライフワークにし、立教女学院短期大学の客員教授を務める


