新克利さんの現在、気になって検索した方は多いのではないでしょうか。
『必殺仕置屋稼業』の印玄役や、昭和のホームドラマでの誠実な役柄で覚えている方も多いはずです。
ところが最近は、新しい出演作の話題をまったく聞かないんですよね。
この記事では、残っている記録だけを頼りに、新克利さんの現在までの足取りを順番にたどっていきます。
・新克利さんの現在について、確認できる情報とできない情報
・最後の映画とドラマ出演がいつの何という作品か
・若い頃の経歴と、妻や子供、身長、ウルトラマン出演の噂の扱い
新克利の現在はどうなっている?確認できる足取り
新克利さんの現在について、まず確認できることを整理します。
新しい出演情報が出てこない理由も、記録に沿って見ていきますね。
新克利は1940年生まれで現在85歳
新克利さんは1940年12月4日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれた俳優・声優です。
2026年11月時点で85歳になります。
都立三田高校を卒業して法政大学法学部に進みましたが、2年で中退しています。
その後は俳優座養成所の13期生として入所し、俳優の道を歩み始めました。
読み方はWikipediaなどでは「あたらし かつとし」とされています。
ただ映画.comでは「あらた かつとし」と表記されていて、ここは資料によって分かれています。
名前で検索するときは、読みの違いで結果が変わることもあるので覚えておくと便利です。
確認できる最後の映画は2002年『陽はまた昇る』
映画で確認できる最も新しい出演は、2002年の東映作品『陽はまた昇る』です。
新克利さんは宮下茂夫という役で出演しています。
WikipediaにもWEB映画データベースの映画.comにも、これより新しい映画は載っていません。
その前は1997年『誘拐』、1998年『大安に仏滅!?』、1999年『アイ・ラヴ・ユー』と、1990年代後半は映画にもコンスタントに出ていました。
映画に関しては、2002年が最後の記録というのが実態です。
確認できる最後のドラマは2007年『京都地検の女』
ドラマで確認できる最後の出演は、2007年のテレビ朝日『京都地検の女』第4シリーズ第6話です。
その直前には、2006年に日本テレビの『輝く女のシリーズ(4)』にも出演しています。
2000年代前半の出演を表にまとめると、次のとおりです。
| 年 | 作品 |
|---|---|
| 2001〜2002年 | 『はぐれ刑事純情派』(第14・15シリーズ) |
| 2002年 | 『水戸黄門』第30部(仁兵衛役) |
| 2003年 | 『地方記者・立花陽介20』『監察医・室生亜季子33』 |
| 2004年 | 『銭形平次』 |
| 2005年 | 『監察医・室生亜季子36』(吉田教授役) |
| 2006年 | 『輝く女のシリーズ(4)』 |
| 2007年 | 『京都地検の女』第4シリーズ第6話 |
こうして見ると、2000年代半ばまでは単発のサスペンスや刑事ドラマに、ほぼ毎年のように出ていたことがわかります。
ドラマの最後の記録は2007年で、そこから先の新作出演は今回の調査では見つかりませんでした。
Wikipediaの活動期間は「2000年代後半」まで
Wikipediaのインフォボックスには、活動期間が1964年から2000年代後半と書かれています。
さきほどの2007年という最後のドラマ出演とも、ちょうど重なる時期です。
さらに同じ記事のカテゴリには「近況が不明な人物」と「存命人物」が付いています。
つまりWikipediaの見方は、亡くなったという情報はないが、今どうしているかも伝わっていない、ということになりますね。
ここはちょっと気になるところですが、本人や事務所からの発信が見当たらない以上、これ以上は踏み込めません。
死亡や引退の公式な情報は確認できない
「生きているの?」と心配する声もよく見かけます。
Yahoo!知恵袋でも同じ質問が立っていて、ベストアンサーは「亡くなったという話は聞いたことがない」という内容でした。
調べた範囲でも、訃報を伝えるニュースは確認できませんでした。
一方で、引退を表明したという発表も見つかっていません。
番組情報サイトのDiMORAでは肩書きが「元俳優 元声優」と表記されていますが、これは単独のサイトの表記です。
そのため、現在は新作に出ていないものの、引退したのかどうかも含めて公式な情報は確認できない、というのが実態です。
テレビで名前を見かけるのは再放送が中心
最近の番組表を見ると、新克利さんの名前が出てくるのは過去作の再放送枠です。
BS12トゥエルビでは『ありがとう 第3シリーズ』の放送予定が並んでいます。
BS朝日などでは、必殺シリーズの再放送でも出演回が流れています。
新作のドラマや映画への出演予定は、番組表サービスには出ていません。
……なんだか、画面の中では今も現役のように見えるのに、新しい姿は見られない。
そんな不思議な状態が続いているんですよね。
新克利の若い頃と、検索されている関連の話題
ここからは、新克利さんの現在とあわせて検索されている話題を整理します。
若い頃の活躍や、妻・子供、身長、ウルトラマンといった関連ワードの扱いも確認しましょう。
若い頃は俳優座出身で大河ドラマにも出演
新克利さんは1964年3月に俳優座養成所を卒業し、そのまま劇団俳優座の団員になりました。
1965年にはNHK大河ドラマ『太閤記』で加藤清正を演じています。
1968年の『竜馬がゆく』では中岡慎太郎役でした。
同じ1968年、TBSの『肝っ玉かあさん』で医師役を演じ、初めてテレビドラマのレギュラーを務めて人気を得ます。
その後は石井ふく子さんプロデュースのホームドラマに何度も出演し、誠実な役柄が多かったとされています。
若い頃は、大河ドラマとホームドラマで顔が知られた俳優さんだったことがわかります。
『必殺仕置屋稼業』の印玄は代表的な当たり役
新克利さんの当たり役としてよく挙がるのが、1975年の『必殺仕置屋稼業』の印玄です。
悪人を屋根から突き飛ばす仕置人で、そのときの「止めて!助けて!」というセリフが流行したと紹介されています。
それまでの誠実なイメージとは違う役柄で、意外に思った方もいるかもしれません。
1974年の『暗闇仕留人』にも、弥太役で出演しています。
必殺シリーズは今も再放送されているので、現在の新克利さんを見かけるのはこのあたりが多いようです。
長山藍子との報道は出典が示されていない
新克利さんと長山藍子さんは、ともに俳優座の同期生で、石井ふく子さんプロデュース作品で何度も共演しています。
Wikipediaには、一部週刊誌でスキャンダルが報じられて以降に出演が減ったという趣旨の記述があります。
ただしこの記述には、2024年8月付で出典を求めるタグが付いたままです。
別のまとめサイトでは、目撃情報やスクープ写真はなく、交際していたかどうかは不明と書かれていました。
報道と出演が減った時期との関係を示す資料は、今回の調査では見つかっていません。
ですので、出演が減った理由をこの報道と結びつけて語ることはできません。
妻や子供、身長について載っている情報はない
妻や子供について、Wikipedia、映画.com、WEBザテレビジョン、allcinemaのいずれにも記載はありません。
Wikipediaのインフォボックスの「配偶者」「著名な家族」欄も空欄のままです。
身長もWikipediaとWEBザテレビジョンの両方で記載がありませんでした。
検索で出てくる数字を見かけても、出どころが不明なものは参考にしないほうが安心です。
ウルトラマン出演は確認できず、特撮は『惑星大戦争』
「新克利 ウルトラマン」と検索されることがありますが、ウルトラマンシリーズへの出演はWikipedia・映画.com・allcinemaのいずれにも載っていません。
一方で、1977年の東宝特撮映画『惑星大戦争』には、三笠忠役で出演しています。
特撮作品に出た印象から、ウルトラマンと結びついて検索されているのかもしれません。
これはあくまで推測ですが、少なくとも記録上は『惑星大戦争』が確認できる特撮出演です。
新克利の現在のまとめ
- 新克利さんは1940年12月4日生まれで85歳
- 出身は東京府東京市(現在の東京都)
- 俳優座養成所13期生で1964年に劇団俳優座の団員になった
- 1968年の『肝っ玉かあさん』で人気を得た
- 1975年『必殺仕置屋稼業』の印玄が当たり役
- 確認できる最後の映画出演は2002年『陽はまた昇る』
- 確認できる最後のドラマ出演は2007年『京都地検の女』
- Wikipediaの活動期間は1964年から2000年代後半
- Wikipediaのカテゴリには近況が不明な人物と存命人物が付いている
- 訃報を伝える報道は確認できない
- 引退を表明した公式な発表も確認できない
- 現在の番組表では過去作の再放送枠に名前が出ている
- 長山藍子さんとの報道は出典が示されておらず出演減との関係は不明
- 妻や子供、身長に関する掲載情報はない
- ウルトラマン出演は確認できず特撮は1977年の『惑星大戦争』


