長い三つ編みに真ん中分け、そして「リンリンランラン留園」のCMソング。70年代を知る方なら、あの双子の姿がぱっと浮かぶのではないでしょうか。
ところがリンリン・ランランさんは、あれだけの印象を残しながら数年で表舞台から消えてしまいました。
実は二人とも今はアメリカにいて、しかも姉妹バラバラの州で暮らしているというから、ちょっと驚きですよね。
・リンリン・ランランの現在の居住地と生活ぶり
・姉リンリンと妹ランランがそれぞれ結婚した時期
・芸能界を退いた時期と1999年の一日限定再結成の経緯
リンリン・ランランの現在はアメリカ在住
リンリン・ランランさんの現在について、いちばん知りたいのは「今どこで何をしているのか」ですよね。
結論から言うと、二人はすでに芸能界を離れ、アメリカで暮らしています。しかも姉妹そろってではなく、別々の州に住んでいるんです。
現在は姉妹そろってアメリカで一般人として生活
リンリン・ランランさんの現在は、アメリカ合衆国で一般の人として暮らしている状態です。
芸能活動はしておらず、テレビや音楽の舞台に立つこともありません。
面白いのは、双子デュオとしてあれだけ一体で売り出された二人が、今は同じ家どころか同じ州にすら住んでいないということ。
姉のリンリンさんはアリゾナ州、妹のランランさんはカリフォルニア州に住んでいるとされています。
アリゾナとカリフォルニアは隣り合った州ですが、州都どうしで見れば車で何時間もかかる距離です。
ステージの上でぴったり息を合わせて歌っていた二人が、今はそれぞれの土地でそれぞれの家庭を持っている。
……なんだか、いいですよね。芸能人としての「リンリン・ランラン」を卒業して、一人の女性としての人生をちゃんと歩んでいるということですから。
つまり現在の二人は、引退した元アイドルというより「アメリカで家庭を持った普通の女性」というのが実態です。
そもそも二人はアメリカとつながりのある家系だった
「なぜアメリカに?」と思った方もいるかもしれませんが、これには背景があります。
二人はアメリカ人の父と中国人の母を持つハーフで、生まれは香港。
つまり最初からアメリカにルーツを持っていたわけです。
日本での活動を終えたあとアメリカへ渡ったのは、まったく縁のない土地に飛び出したのではなく、もともとつながりのある場所へ戻ったという見方ができます。
日本→香港→アメリカという移動を「流転」と見るか「里帰り」と見るかで、印象がずいぶん変わりますよね。
姉のリンリンは1980年に結婚しアリゾナへ
姉のリンリンさんは、1980年に結婚してアリゾナ州に住んでいると伝えられています。
デビューが1974年ですから、デビューからわずか6年後の話です。
日本でヒット曲を出し、テレビに出て、CMにも出て……という華やかな時期を経て、20代前半で結婚という道を選んだことになります。
当時の日本のアイドルは「結婚=引退」が当たり前の時代でした。
そう考えると、リンリンさんの選択はその時代の空気そのままとも言えます。
ただ、日本のアイドルの多くが日本国内で結婚生活を続けたのに対し、リンリンさんは国も文化も変えて新しい生活を始めたわけで、覚悟の量はかなり違ったはずです。
言葉も、季節の感覚も、周りの人間関係も全部入れ替わる引っ越しですからね。これは正直、簡単なことじゃないと思います。
歌手を目指す娘がいるという話も
リンリンさんについては、歌手志望の娘さんがいるという情報もあります。
これ、知ったときちょっとぐっときませんでしたか。
自分がステージを降りたあと、その血を引いた子どもがまた歌の世界を目指している。
親としてどんな気持ちで見守っているのか、想像すると勝手にじーんとしてしまいます。
ただしこの話は一部のメディアが伝えているもので、娘さんの名前や活動状況といった具体的な情報までは表に出ていません。
芸能界を離れた一般の家庭の話ですから、そこは詮索しすぎない距離感が正解なのだと思います。
妹のランランは1982年に結婚しカリフォルニアへ
妹のランランさんは、1982年に結婚してカリフォルニア州で暮らしているとされています。
姉のリンリンさんの結婚から2年後です。
双子として同じタイミングで生まれ、同じタイミングでデビューし、同じ曲を歌ってきた二人が、結婚だけは2年ずれた。
この2年のズレに、なんとなく「ここから先は別々の人生ですよ」という区切りを感じませんか。
デュオとしての活動が実質的に終わったあと、二人はそれぞれ自分のパートナーを見つけて、それぞれの州に居場所を作りました。
リンリンさんのアリゾナ、ランランさんのカリフォルニア。地図で見れば隣同士ですが、生活圏としては完全に別です。
現在のリンリン・ランランは、双子デュオとしてではなく、それぞれ独立した家庭人として生きているということですね。
芸能界から退いたのは1970年代後半
二人が表舞台から消えたタイミングも押さえておきましょう。
日本での本格的な活動期間は非常に短く、実質的なピークは1974年から1975年ごろのわずか2年ほどでした。
資料によっては1976年の楽曲「小さなプロポーズ」あたりまで活動が続いたとされ、そこから徐々にフェードアウトしていったという見方もあります。
つまり「ある日突然引退宣言をした」のではなく、少しずつ露出が減っていって、気がついたら見なくなっていた、というタイプの退き方です。
だから今も「あの双子、結局どうなったんだろう」と検索する人が絶えないんですよね。ちゃんとした区切りの挨拶がないまま消えたので、記憶の中で宙ぶらりんになっている。
その後、二人は香港に戻って日本の楽曲を広東語でカバーする活動を一時期行っていました。
桜田淳子さんや岩崎宏美さんといった当時の日本の人気曲を、広東語で歌っていたと伝えられています。
日本→香港→アメリカという流れを時系列で並べると、こうなります。
| 時期 | 活動地 | 主な動き |
|---|---|---|
| 1972年ごろ | 香港 | 樂家姊妹(ロッカーシスターズ)として活動 |
| 1974年 | 日本 | 『スター誕生!』でデビュー、「恋のインディアン人形」がヒット |
| 1974〜1976年 | 日本 | テレビ・CMで活躍、シングルを継続リリース |
| 1970年代後半 | 香港 | 日本の楽曲を広東語でカバー |
| 1980年・1982年 | アメリカ | それぞれ結婚し、アリゾナとカリフォルニアへ |
こうして並べると、二人の芸能人生は10年に満たない短さだったことがよく分かります。
1999年に一日限定で再結成しテレビ出演した
「引退後、一度もメディアに出ていないのか」というと、実はそうではありません。
1999年、テレビ番組の企画で一日限定の再結成をしているんです。
これは当時の視聴者にとってかなりのサプライズだったはずです。
70年代に消えた双子が、20年以上たって画面に戻ってくる。しかもアメリカから。
このときの映像について、アメリカでの生活が長かったぶん雰囲気が変わっていた、といった感想も語られています。
ただそれは当たり前の話で、20年以上たてば誰だって変わります。むしろ二人がそろって元気に姿を見せてくれたこと自体が嬉しい出来事だったのではないでしょうか。
なお、この再結成はあくまで番組企画の一日限りのもので、そこから芸能活動を再開したわけではありません。
再結成のあとも二人はアメリカでの生活に戻り、現在に至っています。
2008年にはベストアルバムが発売された
本人たちの活動とは別に、音源としての「リンリン・ランラン」は今も残っています。
2008年にはビクターエンタテインメントからベストアルバム『GOLDEN☆BEST リンリン・ランラン』が発売されました。
過去の名曲をまとめた企画盤で、当時を知る人が改めて聴き返す入り口になっています。
現在は配信サービスでも楽曲を聴けるようになっていて、本人たちがステージに立たなくなっても、歌だけはずっと現役という状態です。
これ、個人的にすごくいい話だなと思うんですよね。人が引退しても、曲は引退しないので。
リンリン・ランランの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、現在の消息と合わせてよく検索されている話題をまとめていきます。代表曲やあの有名なCM、二人の素性まで一気に見ていきましょう。
恋のインディアン人形はオリコン最高27位のヒット曲
リンリン・ランランさんといえば、やはりデビュー曲の「恋のインディアン人形」です。
1974年4月15日にビクターから発売され、オリコン週間最高27位・約8万4000枚を売り上げました。
数字だけ見ると爆発的な大ヒットというほどではないのですが、この曲のすごさは売上枚数ではなく「印象の残り方」にあります。
長い三つ編みに真ん中分け、そしてネイティブアメリカンをモチーフにした衣装。
このビジュアルのインパクトが強烈で、曲名を覚えていなくても「あの三つ編みの双子」で通じてしまうレベルでした。
結果として、このデビュー曲が二人にとって最大のヒットとなり、代表曲になりました。
ほかに「陽気な恋のキューピッド」といった楽曲もあり、こちらは筒美京平さんが作曲を手がけています。
当時のヒットメーカーが曲を書いているあたり、事務所とレコード会社が本気で売り出そうとしていたことが伝わってきますね。
シングルは5枚、アルバムは3枚をリリースしたとされています。
活動期間の短さを考えると、決して少なくない枚数です。
留園のCMソングは今も語り草
40代以上の方にとって、リンリン・ランランさんの記憶は歌よりもCMかもしれません。
東京・芝公園にあった中華料理店「留園」のCMに二人が出演し、「リンリンランラン留園」というフレーズのCMソングを歌ったのは、いまだに語り草になっています。
自分たちの名前と店名が韻を踏むという、狙ったのか偶然なのか分からない気持ちよさ。
一度聴いたら耳から離れないタイプのフレーズで、これを何十年も覚えている人がいるというのが何よりの証拠です。
正直、これほど「名前と商品名の相性が良かったタイアップ」ってなかなかないと思うんですよね。
CMに出ていた留園は現在どうなっている?
気になるのは、その留園が今どうなっているのかという点です。
伝えられているところでは、留園は1980年代後半に閉店し、跡地には「留園ビル」というオフィスビルが建っているとされています。
店の名前だけがビルの名前として残っている、という形ですね。
CMを歌った二人はアメリカへ、店は建物の名前として。どちらも「そのままの形」では残っていないけれど、名前だけは今も生きている。
なんだか不思議な余韻がありますよね。
双子の本名とプロフィール
二人の素性についても整理しておきます。
リンリン・ランランは1959年1月3日生まれの一卵性双生児で、香港の出身です。
父親がアメリカ人、母親が中国人というハーフで、姉がリンリンさん、妹がランランさんという関係になります。
ステージでは向かって左が姉のリンリンさん、右が妹のランランさんという立ち位置だったと伝えられています。
本名については、リンリンさんがLetilia Barber(鮑樂德)、ランランさんがKatharine Barber(鮑家德)と記録されています。
姓のBarberが父方、漢字表記が母方のルーツを表していると考えると、二人の出自がそのまま名前に表れているのが分かりますね。
基本情報を表にまとめておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1959年1月3日(二人とも) |
| 出身 | 香港(英領香港) |
| 続柄 | 一卵性双生児の姉妹(姉=リンリン/妹=ランラン) |
| ルーツ | 父がアメリカ人・母が中国人のハーフ |
| 本名 | リンリン=Letilia Barber/ランラン=Katharine Barber |
| デビュー | 1974年・日本テレビ『スター誕生!』 |
| 代表曲 | 恋のインディアン人形(1974年) |
| 現在の居住地 | リンリン=アリゾナ州/ランラン=カリフォルニア州 |
なお所属事務所については、サンミュージックプロダクションとする資料と、渡辺プロダクションとする資料があり、情報が分かれています。
デビュー時と活動途中で所属が変わった可能性もありますが、確定的なことは言えません。ここは断定を避けておきます。
日本デビューはスター誕生のアシスタントから
二人が日本の芸能界に入った経緯も、ちょっと変わっています。
1974年、日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』のアシスタントとしてデビューしたのが始まりでした。
つまり最初は「オーディションを受けに来た側」ではなく「番組を回す側」として画面に出ていたわけです。
来日後は岡山県の事務所でダンスと日本語のレッスンを受けたとされています。
香港から来た10代半ばの双子が、日本語を一から覚えて全国放送のレギュラーに立つ。
15歳前後でこれをやり切ったと考えると、なかなかの度胸ですよね。
そこから歌手デビューへつながっていくわけですが、この「番組のアシスタントから歌手へ」という順番が、当時の二人の売り出し方をよく表しています。
歌が先ではなく、まずキャラクターとして視聴者に顔を覚えてもらう戦略だったわけです。
香港時代は樂家姊妹として活動していた
日本に来る前、二人はすでに香港でプロとして歌っていました。
1972年ごろから香港で「樂家姊妹(ロッカーシスターズ)」という名前で活動していたと記録されています。
日本デビューが1974年ですから、その2年前にはもう舞台に立っていたことになります。
日本では「突然現れた香港の双子」という印象で受け止められましたが、実際には地元で下積みを積んだうえでの来日でした。
そして日本での活動を終えたあとは、また香港に戻って広東語カバーの活動をしています。
香港→日本→香港→アメリカ。
二人のキャリアは、常に国境をまたいで動いていたんですね。ここまで移動の多い芸能人生も珍しいと思います。
現在の年齢は67歳
最後に年齢を確認しておきましょう。
1959年1月3日生まれですから、2026年8月時点でリンリン・ランランさんは二人とも67歳ということになります。
デビューが1974年、当時15歳。
あの三つ編みの少女たちが、今はもう孫がいてもおかしくない年齢です。
時間の流れって残酷なようでいて、ちゃんと平等ですよね。
現在は二人ともアメリカで穏やかに暮らしているとされ、日本のメディアに登場する予定などは伝えられていません。
華やかな2年間を駆け抜けたあと、40年以上を静かな生活に使ってきたというのが、リンリン・ランランの人生の全体像です。
リンリン・ランランの現在のまとめ
- リンリン・ランランの現在は、二人ともアメリカ在住で芸能活動はしていない
- 姉のリンリンはアリゾナ州、妹のランランはカリフォルニア州で生活しているとされる
- リンリンは1980年に結婚したと伝えられている
- ランランは1982年に結婚したと伝えられている
- リンリンには歌手志望の娘がいるという情報もある
- 日本での本格的な活動期間は1974年からのわずか2年ほど
- 1976年の楽曲を最後にフェードアウトしたとする資料もある
- 引退後は一時期、香港で日本の楽曲を広東語でカバーしていた
- 1999年にテレビ番組の企画で一日限定の再結成をしている
- 2008年にベストアルバム『GOLDEN☆BEST リンリン・ランラン』が発売された
- デビュー曲「恋のインディアン人形」はオリコン週間最高27位・約8万4000枚
- 中華料理店「留園」のCMソングは今も語り草になっている
- 留園は1980年代後半に閉店し、跡地は留園ビルになったとされる
- 1959年1月3日生まれの一卵性双生児で、父がアメリカ人・母が中国人のハーフ
- 2026年8月時点で二人とも67歳


